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16種類の薬味をみりんに浸け込んだ薬味酒
保命酒は桂皮などの薬味十六種を味醂酒に漬け込み、じっくりと成分を侵出させてつくる薬味酒(和製リキュール)です。アミノ酸を豊富に含んだ保命酒は、健康や美容に大変良いと言われております。
ストレートやオンザロックだけでなく、おしゃれなドリンクバリエーションでお楽しみいただけます。
保命酒のレシピ

中村製保命酒の誕生
万治二年(1659年)大阪の漢方医であった「中村家」の子息中村吉兵衛氏によって、当時備後鞆の津で醸されていた「吉備の旨酒(現在の味醂酒に準ずる)」に、中国産の薬味を漬け込んで造られた薬味酒でした。 中村家は鎖国の時代、唯一他国に開かれていた港(長崎の出島)に薬草の買付けに船で向かいます。大阪より出航し出島までの往来の際、潮待ち港である鞆の津に立ち寄る機会がありました。そこでこの地方(備後)の地酒「吉備の旨酒」に出会い、手持ちの薬味を配し生まれたのが保命酒。以来、現太田家住宅の場所で「十六味地黄保命酒」として醸造を始めました。
中村製保命酒の誕生

350年来続く健康酒としての歴史
 現代のように食文化が豊かでない時代、保命酒の持つ甘味と薬効は貴重なものでした。
 「お酒であり、薬でもあった」保命酒は、福山藩を代表する特産品として、大名や豪商相手に高値で売買されていました。
 また、世界遺産に登録された石見銀山の集落から沢山の保命酒徳利が発見されており、当時の人々の活力源として重宝された証といえます。

高品位の味醂造りがすべての基本
 保命酒の醸造工程において一番大事なことは、ベースとなる良質の味醂(みりん)を造ることです。
 麹の酵素力に依って米の旨みを十分採りだす事で、米由来の甘味や多アミノ酸が味醂(みりん)の中に十分に得られます。この工程により、甘みは浸透圧でエキスを採り易くし、旨み成分である米由来のアミノ酸はコクを与えてくれるばかりでなく、くさみ消しとしても働いてくれます。
 先人の知恵によって育まれた保命酒の伝統的な醸造方法です。

⇒保命酒を造る人々

元気なモノ作り中小企業300社

2009年元気なモノ作り中小企業300社
 規模は小さくても、モノ作りを通じ地域経済に貢献している企業、社会的課題に対応して新規分野を開拓している企業などが存在します。
 普段は目に触れにくいものの、こうした重要な役割を果たしているモノ作り中小企業の姿を、広く国民に対してわかりやすく示すことにより、選定された中小企業の事業機会の拡大や活力の高まり、他の中小企業の一層の奮起、若年層を中心にモノ作り分野に対する関心を持つきっかけとなることを期待し、「2009年元気なモノ作り中小企業300社」を選定しました。( 中小企業庁HPより)

 弊社は「キラリと光るモノ作り小規模企業」として150社の内の1社として選定されました。

http://www.chusho.meti.go.jp/keiei/sapoin/2009/090424mono300sya.htm

 

中村製保命酒の誕生
 本味醂に薬味を漬け込んで造る、350年以上の歴史を持つ薬味酒「保命酒」。その薬味と甘さは、古来より多くの方に愛されてきました。しかしながら、時代の変遷とともにお客様の味覚の好みが多様化し、薬味や甘味を苦手とする方も増えてまいりました。そこで、この歴史ある保命酒に弊社独自の工夫を重ねた結果、口当たりの新しい保命酒「梅太郎」「杏子姫」「生姜ノ助」が誕生しました。

 十六種の薬味を漬け込んだ保命酒の中に、更に梅、杏子、生姜を漬け込み、じっくりとエキス分を引き出していくのですが、これら「プラスワン素材」を更に漬け込んでも、決して薄味になることなく芳醇な旨味を感じて頂く事ができるのは、米の持つ旨味を極限まで引き出す製法で醸造した濃厚な本味醂あっての事なのです。アミノ酸を豊富に含み、高い浸透圧を持つ弊社の本味醂をベースにする事で、薬味や果実を効率よく、旨味たっぷりに漬け込む事ができるのです。

 ⇒ 「保命酒梅太郎」 「保命酒杏子姫」 「保命酒生姜ノ助」

保命酒シリーズ

 

保命酒シリーズ
▲地元産のあんずを、ひとつひとつ丁寧に、手作業で処理します。

 


地の利
 保命酒は江戸時代、海上交通の拠点であった「備後鞆の津」より、譜代福山藩の庇護の下、全国に発信されました。鞆の浦は瀬戸内海の中心に位置し、万葉の時代より「潮待ち港」として栄えた土地。北前船も立ち寄るなど、商業港として栄えました。開かれた港として、外国の施設「朝鮮通信使」や「琉球使節」等も必ず立ち寄った海上交通の拠点であった場所です。
 同時に譜代福山藩の庇護を得ることで、幕府のお墨付きを得た事になり、現代まで保命酒が生き残ってきた理由でもあります。

 


ペリーと保命酒
 保命酒は「福山藩主阿部伊勢守正弘公」により禁裏幕府への献上品となり、諸大名間の贈答用や参勤交代にも多く用いられるようになりました。

 黒船ペリー来航の際、老中首座であり福山藩主でもあった阿部正弘公は、ペリー提督や初代領事ハリスらに幕府接待酒として『保命酒』を使用しました。その際の記録が、静岡県伊豆の国市で幕末の貴重な史料を所蔵する江川文庫の「下田御用日記」を収めた本「江川坦庵全集別巻」に残っております。

ペリー像:下田了仙寺所蔵

ペリー像:下田了仙寺所蔵

 

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